ペリー来航
豆瓣
三谷博
簡介
ペリー来航により、開国を迫られた幕末日本。しかし、アヘン戦争後の緊迫した東アジア情勢は、外交政策の根本的な再検討を促していた。一旦は鎖国に迷い込みながら、それからの脱却を果たした徳川公儀の政権運営を詳述し、従来の開国観を問い直す。異言語間のコミュニケーションという問題にも着目し、外交政策の新解釈を試みた日本開国史の決定版。
contents
第一=近世後期の対外政策
「幕末」型政策への転換
一九世紀初頭の対露緊張
第二=知識人の対外認識
「鎖国」意識の定着と攘夷論
海外情報の収集―オランダ情報・漂流民・北方調査―
天文方と学問所
第三=天保改革・アヘン戦争・情報収集
江戸近海の防備調査
異国船打払令の撤廃から開国勧告の謝絶へ
海外情報の収集と流布
第四=袋小路へ―「鎖国」巻込み・国内協調・対外論―
異国船打払令復古の提案
公儀―大名協調の模索―
対外論の三類型
第五=西洋諸国のアジア・太平洋政策
ロシア・米仏・イギリス
アメリカの太平洋横断航路計画
第六=ペリーの到来―危機接近の知覚と最初の接触―
袋小路の苦悶
ペリーの出現
第七=ペリー再来対策と回答延引策―ロシア―
再来対策の評議
ロシア使節の到来と回答延引策の採用
回答延引策の成功
第八=限定的開国の受容と条約の多義性―アメリカ―
開港=限定的開国の受容
琉米開港通商条約の締結
条約の多義性
第九=開港条約と国境問題―イギリスとロシア―
日英協約―誤解による開港―
日露和親条約―開港と国境交渉―
第一〇=袋小路からの脱出―積極的開国策への転換―
通商是認と開放漸進策への転換
通信・通商条約への飛躍